東京地方裁判所 昭和52年(ワ)8437号 判決 1981年4月30日
原告
武副信孝
外三名
右原告四名訴訟代理人
南木武輝
被告
東京生命保険相互会社
右代表者
木村喜一
右訴訟代理人
加藤一昶
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実《省略》
理由
一不当利得返還請求(主位的請求)について
1 請求原因一1のうち、(一)ないし(四)の各(1)、(3)の事実<編注・保険契約の締結、保険料の支払>は、当事者間に争いがない。
2 まず、各原告と被告との間における生命保険契約の成否について判断する。
(一) 附合契約である生命保険契約においては、契約者が予め保険会社の普通保険約款の大要を示すパンフレット等の交付を受けたうえ、右約款を承認して生命保険契約を申し込む旨の記載のある保険契約申込書に署名捺印して保険会社に交付した場合においては、契約者において予め保険会社からその普通保険約款の呈示を受けず、その内容を知らないで右申込書を交付したものであつたとしても、右当事者間において右約款の条項を内容とする生命保険契約が成立するものと解すべきである。
これを本件についてみるに、前記当事者間に争いがない事実に、<証拠>を総合すると、各原告は、いずれもその主張の頃被告の普通保険約款の大要を説明するパンフレットの交付を受けたうえ、別表(二)記載のとおり保険種類、保険期間、保険金、配当金支払方法、保険料の記載があり、かつ「貴社の定款、普通保険約款および特約事項を承知のうえ、被保険者の同意を得て、上記保険契約を申込みます。」との記載のある生命保険申込書に契約者及び被保険者として署名、捺印して被告に交付したことを認めることができる。
右事実によれば、各原告と被告との間には、いずれも被告主張(抗弁一2)の各普通保険約款の条項を内容とする各生命保険契約(本件各生命保険契約)が成立したものというべきである。
(二) ところで、原告らは、被告から呈示を受けた小冊子中の普通保険約款中には解約払戻金の算出方法についての記載が欠落しており、また、被告の普通保険約款中の「解約払戻金額例表」は、あらゆる個別事例における解約払戻金の具体的金額を算出するに不充分なものであり、したがつて、各原告と被告との間には生命保険契約の要素である解約払戻金についての合意が成立していないから、本件各生命保険契約は成立していないと主張するので、判断する。
規則一六条によれば、保険証券には保険約款の全文を記載し又はこれを記載しある書面を添付することが必要であり、また、同一七条によれば、保険証券には、解約払戻金についても「其ノ標準若ハ第五号書式ニ準ジ其ノ金額を推知スルニ足ルベキ表」を記載し又はこれを記載した書面を添付することが必要であると解される。
<証拠>によれば、本件生命保険契約の普通保険約款には、解約払戻金について、第四〇条第一項に「保険契約が解除され、解約され、または効力を失つた場合には、会社(被告)は、保険料払込中であれば保険料を払い込んだ年月数により、保険料払込済後であればその経過した年数により別表3(乙第一三号証では別表4)の割合で計算した払戻金を保険契約者に払い戻します。と記載されており、末尾に右「別表3」「別表4」として「解約払戻金額例表」が掲記されているところ、被告が原告らに対して保険証券に添付すべき書面として交付した小冊子(原告田中につき乙第一三号証、その余の原告らにつき同第五号証)には、普通保険約款の記載の末尾に「別表3」又は「別表4」の掲記がないこと、しかし、小冊子中には、右約款の記載と独立して、被告の普通保険約款に「別表3」又ハ「別表4」として掲記されている「解約払戻金額例表」がそのまま掲記されており、右表は規則第五号書式に準じたものであることを認めることができる。
右事実によれば、小冊子中の約款の記載は、これに掲記されている「解約払戻金額例表」が約款第四〇条第一項にいう「別表3」又は「別表4」にあたることが、その記載の体裁において必ずしも明確にされていない点において、欠陥があるといわなければならない。しかし、右のような欠陥があるとはいえ、保険証書に添付した小冊子中に、普通保険約款に掲記されている規則第五号書式に準じた「解約払戻金額例表」がそのまま掲記されている以上、右欠陥の故をもつて規則一六条、一七条に違反するものとはいえないし、まして、右欠陥は、被告の普通保険約款による本件各生命保険契約の成立を妨げるものではないと解される。
また、被告の普通保険約款に掲記されている「解約払戻金額例表」が、これのみによつては全ての個別的事例における具体的な解約払戻金額の正確な数字を算出できないものであることは、前記<書証>中の「解約払戻金額例表」に照して明らかであるが、保険会社における「解約返戻金ノ計算ニ関スル事項」は、大蔵大臣の認可を受けるべき「保険料及責任準備金算出方法書」に定めるべき事項であることは規則一三条に明記されているところであり、その普通保険約款に記載する解約払戻金の算出方法としては、右方法書に記載された算出方式によつて計算した例を規則第五号書式に準じた例表として掲記しておけば、保険会社の解約払戻金債務等の、規則一二条六号にいう「保険契約ノ……解除ノ場合ニ於テ当事者ノ有スル権利義務」を定めたものとして充分であり、かつ、かかる約款による生命保険契約が成立した以上、解約払戻金(右方法書に記載された計算方法によつて算出されるべき解約払戻金)についての合意が当事者間に成立したものと解される。そして、本件各生命保険契約における解約払戻金の算出方式が被告において大蔵大臣の認可を受けた前記方法書に記載されていることは、<証拠>によつて明らかであるから、前記「解約払戻金額例表」の記載のみによつては個別的事例のすべてにわたり解約払戻金の具体的数字を確知できないことを理由として本件生命保険契約の不成立をいう原告らの主張は、採用することができない。
したがつて、前記原告らの主張は、これを採用することができない。
3 次に、本件各生命保険契約が要素の錯誤によつて無効である旨の原告らの主張について判断するに、生命保険契約のごとき附合契約においては、前記2(一)記載のような経緯により当事者間に保険会社の普通保険約款による生命保険契約が成立したと認められる以上、契約者において、契約締結当時たとえその内心において右約款とは異なる内容の合意をするものと誤信していたとしても、これが全く表示されていないかぎり、かかる誤信は要素の錯誤にあたるということができないと解するのを相当とする。したがつて、前記原告らの主張は、それ自体において失当であるといわなければならない。
二解約払戻金・配当金請求(予備的請求)について
1 解約払戻金について
原告らは、被告が解約払戻金として、被告が原告らの各生命保険契約に基づいて積立てた責任準備金を原告に対して支払うべき義務があると主張するのであるが、前記一で述べたとおり、原告らと被告との間に成立した本件各生命保険契約の内容は、前記各普通保険約款に拘束されており、解約払戻金の支払についても右約款及び前記「保険料及責任準備金算出方法書」に基づいて支払われるべきものであつて、被告が原告らに対して右責任準備金を支払う義務を負うものではないと解せられる。
しかして、<証拠>によれば、被告が原告らに交付すべき解約払戻金の金額は、(一)原告本間九万九三〇〇円、(二)同西村二万三四五〇円、(三)同武副四万一九〇〇円、(四)同田中一万〇五〇〇円であると認められるところ、抗弁四の事実(解約払戻金の供託)については当事者間に争いがないから、被告の右解約払戻金債務は消滅に帰し、原告らの右支払を求める請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
2 配当金について
請求原因二6の事実は、原告田中に対する配当金の点を除き当事者間に争いがない。
しかし、原告田中に対する配当金についてはこれを認めるに足りる証拠はない。
また、その余の原告については、<証拠>を総合すれば、被告は、原告らとの間で、前記各生命保険契約申込書(乙第四、第一〇、第一一、第一二号証)の受理によつて本件各生命保険契約を締結した際、あわせてそれぞれ増加終身保険契約(被保険者を各原告とし、保険期間を被保険者の死亡時までとし、保険料は決算により確定する各原告の配当金額とし、保険金は右保険料によつて算出される金額とする)を締結し、本件各生命保険契約の配当金を右増加終身保険の一時払保険料に充当する旨の合意をなし、右合意に基づいて、前記原告らに対する配当金は、被告主張(抗弁三2)のとおり、右一時払保険料に充当されたことを認めることができる。
そうすると、原告らの配当金の支払を求める請求は、いずれも理由がない。
三よつて、本訴請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(黒田直行 青山邦夫 岡本岳)